創業から約25年、採用も受注も回る会社が後継者へ渡す準備を始めている
ある専門工事会社の社長は、最初から「困っていることは別にない」と話していました。創業から長く続き、取引先も複数あります。仕事は断るほどあります。若い社員もいて、採用も大きな悩みではありません。
しかも、後継者もいます。社長は「息子に任せてるから。もうその代にしていこうと思って」と話します。数年以内には自分が退いていくことも考えている状態です。
こう聞くと、経営課題はなさそうに見えます。ただ、社長の言葉には別の本音がありました。「今のまんまでも困ることはないんやけど、それは無責任な話だから」。そして、次の代にもっといい会社を残したいと続きます。
現社長は困っていなくても、後継者が低利益案件に縛られる可能性がある
事業承継では、売上や顧客リストを引き継げば十分に見えます。けれど、現場の実感としてはそれだけでは足りません。
売上が大きい案件でも、利益率が低いことがあります。大きな取引先でも、管理負荷が重いことがあります。社長自身は経験で判断できますが、後継者が同じ判断をすぐにできるとは限りません。
特に専門工事会社では、商流も複雑です。ゼネコン、工務店、ガラス工事店、サッシ工事店。一次請けで入る現場もあれば、二次請けで入る現場もあります。既存先を飛び越えることはできません。
つまり、後継者に残すべきものは、単なる売上ではなく、案件を選べる営業基盤です。
利益率・商流・ミス時の責任は、社長の経験値にかなり依存している
この会社では、ガラス工事とサッシ工事が中心です。ガラスのほうを増やしたい気持ちはあるものの、現場では「サッシにガラスが付いている」「ガラスで入ったらサッシもできるかと言われる」ことがあります。
サッシ工事は協力会社に任せることもあります。材料を持つ会社、工事に特化する会社など、役割も分けています。こうした組み立ては、社長の頭の中では自然に整理されています。
ただ、承継を考えるなら、その判断を後継者が使える形にしておく必要があります。
たとえば、社長は案件について「儲かるよ。でもミスしたときはとんでもないことになる」と言います。これは、高利益案件ほど責任も大きいという現場感覚です。
また、「いろんな手があれば、利益率がいいところを自分で選んでいける」とも話していました。ここには、選択肢が多いほど経営は強くなるという考え方があります。
権限移譲と並行して、後継者が使える取引先の判断基準を整える
承継前にやるべきことは、無理に売上を伸ばすことだけではありません。むしろ、後継者が迷わず判断できるように、取引先と案件の見方を整理することです。
まずは、既存取引先を次のように分けてみます。
- 利益率が高い取引先
- 売上は大きいが管理負荷も大きい取引先
- 商流上、絶対に守るべき取引先
- 後継者に任せやすい取引先
- 今後、増やしていきたい工種・商流の取引先
この整理をすると、後継者に渡すべきものが見えてきます。単なる「お客さん一覧」ではなく、どの取引先を大事にするかの地図になります。
次に、新規開拓も承継準備として考えます。目的は売上の上積みではありません。後継者が低利益案件だけに縛られないよう、利益率のよい選択肢を増やすことです。
ただし、既存商流を壊してはいけません。今の取引先とぶつからない相手か。自社の施工体制で無理がないか。材料手配や協力会社の管理まで含めて対応できるか。ここを見ながら、少しずつ候補を広げる進め方が現実的です。
まとめ
事業承継は、社長が退く日のためだけの準備ではありません。後継者が引き継いだあと、無理なく判断できる会社にしておく準備です。
売上がある会社でも、利益率の低い案件に縛られると、次の代は動きにくくなります。逆に、取引先を選べる状態があれば、後継者は攻め方を選べます。
現社長が残すべきものは、過去の実績だけではありません。選べる取引先と判断基準です。
「今は困っていない」からこそ、承継前に整える価値があります。次の代が楽をするためではなく、次の代が自分で選べる会社にするためです。


































