首都圏の原状回復工事会社で、AI活用とDX推進を同時に進めようとしている状況
神奈川県を中心に賃貸住宅の原状回復工事を手がける、30名弱の専門工事会社での話です。退去立会い、見積作成、工事手配、完了報告までを短いサイクルで回しており、案件数をさばく力がそのまま売上の上限に近づく事業構造です。
社内では、見積や依頼受付、写真整理、日程調整、情報共有などにAIを使えないかという検討が進んでいました。すでに一部の担当者はClaude CodeのようなAIツールを触り始めており、Slack、Notion、Google Workspaceなど、AIと連携しやすい環境への移行も視野に入っています。
一方で、現場寄りの社員にはITツールに慣れていない人もいます。年齢層も幅広く、「自分が今やっていることを、他の人が同じようにできるとは思えない」という感覚もありました。
ここで大事なのは、AI活用を“全員が高度なAIツールを使いこなす話”にしないことです。中小建設会社では、最初に役割と入口を分けておかないと、便利になる前に運用が崩れやすくなります。
全社員にAIを直接触らせると、操作難易度と権限管理で現場運用が崩れやすい
AI活用という言葉だけを見ると、「社員全員がAIを使える状態にする」ことが正解に見えます。ただ、建設業の中小企業では、ここを少し丁寧に分けて考える必要があります。
たとえば、Claude Codeのようなツールは、使える人にとっては非常に強力です。既存ファイルを読み込み、データを整理し、業務アプリのようなものを作り、Excelやドキュメントの周辺業務も大きく効率化できます。
ただし、同じものを全員に開放すると、別の問題が出ます。
- ファイルやデータを誤って変更してしまう
- 何を入力すればよいか分からず、利用が止まる
- 人によって使い方がばらつき、成果物の品質が揃わない
- 社内のどこに情報が残るのか分からなくなる
- 教える側の負担が増え、推進者が現場業務に戻れなくなる
実際に相談の中でも、「ここに文字を打ったらAIが回答してくれる、くらいの形なら想像できる」という言葉が出ていました。この感覚はかなり現実的です。
全員がAIの裏側まで理解する必要はありません。むしろ、社員の多くは“決められた画面に必要情報を入れるだけ”でよい設計にした方が、現場には定着しやすいです。
見積データ、Slack、NAS、紙ファイルが混在し、AI以前に情報の入口と置き場が分かれている
この会社では、過去の見積データ自体はかなり蓄積されていました。物件ごとの見積履歴、管理会社ごとのルール、手数料の違い、諸経費の計上方法など、AIにとって有用な材料はあります。
一方で、その情報は担当者ごとのExcel、社内システム、NAS、紙の物理ファイル、Slackのやり取りなどに分かれていました。依頼受付でも、メールで通知が来て、外部システムからExcelやPDFを取り、印刷し、立会いの予定表を作り、案件ごとのSlackを作り、社内システムにも登録し、フォルダも作る、といった複数工程がありました。
この状態でAIを入れると、最初にぶつかるのは「AIに何を見せるか」「AIの結果をどこに戻すか」です。
Notionを使い始めても、全員がNotionに直接書き込めるとは限りません。Google Workspaceに移行するにしても、移行前に作った仕組みが後で二度手間になる可能性もあります。Slackは使いやすくても、そこに流れた情報をどこかに蓄積しなければ、会社のナレッジにはなりません。
つまり、AI導入の本当の論点は、ツール選びだけではありません。誰がAIを深く扱い、誰がどの入口から情報を入れ、どこに会社の知識を貯めるかを決めることです。
推進者は深く触り、利用者はチャットやフォームから入力する二層構造をつくる
まず決めたいのは、社内のAI活用を「推進者」と「利用者」に分けることです。
推進者は、AIツールを深く触る人です。Claude Codeのようなツールを使い、業務フローを理解しながら、Slack、Notion、Google Drive、Excel、社内システムの接続を考えます。ファイルへのアクセス権限や、自動化の範囲もこの人が管理します。
利用者は、AIそのものを深く操作する必要はありません。現場担当者や事務担当者は、次のような入口から情報を入れるだけにします。
- Slackに決まった形式で投稿する
- フォームに必要項目を入力する
- 業務アプリの画面で選択・入力する
- Notionは閲覧中心にし、必要に応じて限定的に更新する
この分け方にすると、現場の負担を増やさずにAI活用を広げやすくなります。たとえば、立会い後のメモをSlackに入れると、AIが内容を整え、NotionやGoogle Drive側の案件ページに整理する。見積に必要な情報が足りなければ、追加確認項目だけを返す。こうした形であれば、社員は「AIを使う」というより、いつもの入力先が少し賢くなる感覚で使えます。
次に、権限を分けます。ここは地味ですが重要です。
AIにファイルを触らせる場合、全員が同じ権限で動くと危険です。元データ、マスターデータ、見積雛形、過去資料などは、閲覧だけにする人、更新できる人、承認できる人を分けておく必要があります。
最初は次のような整理で十分です。
- 推進者:AIツール、連携設定、マスターデータ更新を担当
- 管理者:運用ルールと権限を確認し、変更を承認
- 一般利用者:Slack、フォーム、業務画面から入力のみ
- 閲覧者:Notionや共有ドライブで必要情報を確認
さらに、情報の蓄積先を決めます。Slackは入力や会話には向いていますが、会社の知識を長期で貯める場所としては工夫が必要です。NotionやGoogle Driveのように、案件、物件、管理会社、工事項目、社内ルールを整理できる場所を決め、そこにAIが情報を整理していく形にします。
特に建設業では、ベテランの記憶に頼っている情報が多くあります。「浴槽に穴が開いたとき、前に似た工事があったはず」「この管理会社は諸経費の見せ方が違う」といった情報です。こうした知識を、担当者の頭の中だけでなく、検索できる場所に移すことが、AI活用の土台になります。
進め方としては、最初から大きな見積自動化に行くより、次の順番が現実的です。
- 社内でAIを深く触る推進者を1人決める
- 社員が入力する画面を、Slack・フォーム・業務アプリのどれにするか決める
- 情報の蓄積先をNotionやGoogle Driveなどに決める
- ファイル更新権限と承認ルールを分ける
- 依頼受付、写真整理、日程調整など小さな業務で試す
- うまく回った型を、見積やナレッジ検索へ広げる
判断軸はシンプルです。現場社員に新しい操作を覚えさせすぎないこと、会社の情報が一箇所に残ること、将来入社する人が早く追いつけること。この3つを満たす設計から始めると、AI導入は現場に馴染みやすくなります。
まとめ
中小建設会社のAI活用は、全員に高機能なAIツールを配ることから始める必要はありません。
むしろ最初に必要なのは、役割分担です。AIを深く扱う推進者を置き、他の社員はチャット、フォーム、業務アプリなど、決められた入力画面から情報を入れるだけにする。この形にすると、IT習熟度の差があっても運用しやすくなります。
そのうえで、Slackに流れた情報をNotionやGoogle Driveに蓄積し、過去の見積、管理会社ごとのルール、現場判断の履歴を検索できる状態にしていく。ここまで整うと、AIは単なる便利ツールではなく、会社のナレッジを増やす仕組みに近づきます。
採用面でも、「DXを進めています」と言えるだけでなく、入社後に新しい人が早く戦力化できる環境づくりにつながります。AI活用は、今いる社員の効率化だけでなく、未来の社員が迷わず働ける会社づくりとして考えると、優先順位を決めやすくなります。
自社に合うAI活用の入口を整理したいときは
AIをどこから入れるべきかは、会社ごとに違います。見積、依頼受付、写真整理、日程調整、社内ナレッジの整理など、効果が出やすい場所は業務フローと人の体制によって変わります。
ネクスゲートでは、中小・専門工事会社の経営課題を、現場・採用・組織・原価・デジタル活用まで横断して整理し、実行まで支援しています。「うちの場合は推進者を誰にすべきか」「SlackやNotionをどう使い分けるべきか」「まず小さく試すならどの業務か」といった段階でも相談いただけます。
無理に大きなシステム導入を前提にする必要はありません。無理な営業はいたしませんので、まずは自社の業務と体制に合う進め方を一緒に整理できればと思います。

































