国土交通省は、京都府京都市内のホテルで発生したエレベーター事故と、大阪府大阪市内の店舗ビルで発生したエレベーター事故について、社会資本整備審議会 昇降機等事故調査部会による事故調査報告書を公表しました。

今回のポイントは、どちらの事故も被害者はなかったものの、戸開走行保護装置が設置されていない既設エレベーターで、扉が開いた状態のままかごが上昇したという点です。

建設会社にとっては、単なる「エレベーター業界の事故報告」ではありません。自社ビル、資材置場併設の事務所、賃貸物件、施工後の建物、改修提案先など、建物に関わる会社ほど、保守点検で指摘された部品交換をどう扱うか、リニューアル時にどこまで安全機能を入れるかが経営判断になります。

何が起きたか:2件とも「扉が開いた状態でかごが上昇」

公表された報告書は、次の2件です。

  • 京都府京都市内エレベーター事故調査報告書

事故発生日:令和6年11月21日 発生場所:京都府京都市内ホテル 被害者:なし

  • 大阪府大阪市内エレベーター事故調査報告書

事故発生日:令和7年10月11日 発生場所:大阪府大阪市内店舗ビル 被害者:なし

京都の事故では、保守点検作業員が故障対応中、最上階でエレベーターを呼び、戸が開いた後に乗り込もうとしたところ、戸開状態でエレベーターが上昇し、最上階床レベルより約500mm上で突き上げて停止しました。

大阪の事故では、かごが地下1階に到着後、扉が開いて急上昇し、昇降路最上部に突き上げたとされています。

どちらも報告書上、被害者はありません。ただし、建物利用者や作業員が通常どおり乗り込もうとする場面で起き得る事故です。「けが人が出なかったから軽い話」ではなく、設備管理上の重大な警告として読むべき内容です。

共通点:戸開走行保護装置が未設置だった

2件に共通する重要な点は、戸開走行保護装置が未設置の既設エレベーターだったことです。

報告書では、国土交通省への意見として、戸開走行事案への一般的な対策として戸開走行保護装置の設置が効果的であり、当該装置が設置されていない既設エレベーターの所有者に対して、特定行政庁と連携して周知普及に努めることが示されています。

ここで中小建設業の経営者が見ておきたいのは、制度論だけではありません。

自社が建物を所有・管理している場合、古いエレベーターは「まだ動くから大丈夫」と見られがちです。しかし今回の報告書は、動いていることと、安全上のリスクが低いことは別問題だと教えてくれます。

特に、次のような建物を持っている会社は、一度確認する価値があります。

  • 自社ビルや営業所にエレベーターがある
  • 古い賃貸物件、倉庫、寮、社宅を所有している
  • テナントビルや店舗ビルの改修・管理に関わっている
  • 顧客から建物設備の更新相談を受ける立場にある

「戸開走行保護装置が付いているか」「既存不適格として何が残っているか」「保守点検でどんな指摘が出ているか」。この3点は、経営側も把握しておきたいところです。

京都の事故:油漏れの指摘が続いたまま、ブレーキ性能に影響

京都の事故では、事故機の巻上機型式はHB-260Fでした。報告書では、巻上機内部のオイルシール劣化によりギヤボックス内の油が漏れ、想定された排出ルートではなく、モーターローターを伝って油が流れた結果、ブレーキドラムやブレーキパッドに油が付着し、ブレーキが効かなかったとされています。

特に実務上重いのは、油漏れが以前から確認されていた点です。

報告書によると、油漏れは平成26年7月から確認され、保守点検業者が所有者へオイルシール交換を提案していましたが、受注・交換には至らず、保守点検の都度、油を清掃していたとされています。その後、令和4年11月から別の保守点検業者が保守を行い、令和5年8月から油漏れを確認し、所有者へ交換を提案していたものの、こちらも受注に至らなかったとされています。

ここから見える教訓は明確です。

保守点検で「交換推奨」とされた部品を、単なるコスト項目として先送りし続けると、安全リスクが経営リスクに変わるということです。

建設業では、重機、車両、仮設材、工具については比較的この感覚が働きます。「これは危ない」「次の現場までに直そう」と判断しやすいからです。一方で、建物設備、とくにエレベーターのように専門業者任せになりやすい設備は、経営側の判断が遅れがちです。

しかし、報告書は所有者・管理者に対して、保守点検業者から巻上機交換を含む部品交換を促された場合に確実に交換するよう、部品交換がされない場合の危険性を周知することを求めています。

つまり、今後は「指摘は受けていたが、予算がつかなかった」という説明が、より通りにくくなっていく可能性があります。

大阪の事故:リニューアル時に設置された「要改善ブレーキ」が焦点に

大阪の事故では、事故機の巻上機型式はHBD-260Fでした。令和2年のリニューアル時に設置された巻上機が、要改善ブレーキに該当するものだったと報告されています。

報告書では、ブレーキライニングが短期間で1mm摩耗し、ブレーキ保持に必要なプランジャーストロークが不足したため、ブレーキ保持力が小さくなり、かごが上昇したと推定されています。また、プランジャー押しボルトと固定鉄心の製作不良により、接触・焼き付きが起き、ブレーキアームが十分に開放されなくなったと推定されています。

国土交通省への意見では、要改善ブレーキに該当する巻上機について、戸開走行保護装置の設置が最善策としたうえで、次のような対策も有効とされています。

  • ブレーキが開放していることを検知できるブレーキスイッチの取付け
  • ブレーキの引きずりを検知できる温度ヒューズ、温度センサーの取付け
  • 改善措置が執られるまで、定期検査報告時にプランジャーストロークの測定結果を必ず報告すること

さらに、リニューアル等による要改善ブレーキに該当する巻上機の新規設置の防止について、国土交通省で対策を検討することも示されています。

ここは、改修工事や設備更新を提案する建設会社にとって重要です。

リニューアルは「古いものを新しくする」工事ですが、仕様選定を誤ると、新しくしたのに安全上の懸念を残すことがあります。顧客に対しても、自社の建物に対しても、価格だけでなく、保護装置・検知装置・既存不適格の扱いまで含めて説明する姿勢が必要です。

中小建設業がまず確認したい実務ポイント

今回の報告書を受けて、すぐに大がかりな投資判断をする前に、まずは情報を整理することが大切です。

確認したいのは、次の5点です。

  1. 自社所有・管理建物にエレベーターがあるか

事務所、寮、社宅、賃貸物件、倉庫併設施設などを棚卸しします。

  1. 戸開走行保護装置が設置されているか

不明な場合は、保守点検業者に確認します。報告書では、未設置の既設エレベーターへの周知普及が求められています。

  1. 保守点検報告書に交換推奨・劣化・既存不適格の記載がないか

「指摘事項なし」だけでなく、「既存不適格あり」「交換基準超過」「劣化」などの表現を見落とさないことが大切です。

  1. 交換見積を保留している部品がないか

京都の事故では、オイルシール劣化や油漏れが指摘され、交換提案があったものの受注に至らなかった経緯が報告されています。見積書が机の中で止まっていないかを確認したいところです。

  1. リニューアル時の仕様に安全機能が含まれているか

大阪の事故では、リニューアル時に設置された巻上機が要改善ブレーキに該当していました。更新工事では、単に「安い」「納期が早い」だけでなく、戸開走行保護装置、ブレーキスイッチ、温度ヒューズ・温度センサーなどの安全機能を確認する必要があります。

経営判断としては「保守会社任せ」にしないこと

エレベーターの専門的な判断は、当然ながら保守点検業者やメーカー、特定行政庁の領域です。建設会社の経営者が、機械の細部まで自分で判断する必要はありません。

ただし、点検結果を経営判断につなげる責任は、所有者・管理者側に残ります

現場でよくあるのは、保守点検報告書が総務や管理担当者の手元で止まり、経営会議や予算会議に上がってこないケースです。あるいは、見積金額だけを見て「今年は厳しいから来期で」と先送りするケースです。

今回の報告書を読むと、設備管理における危ない兆候は、事故当日に突然現れるわけではないことが分かります。油漏れ、摩耗、異音、段差、既存不適格、交換基準超過。こうした小さな言葉が、後から振り返ると大きな分岐点になります。

ですから、経営側としては、次のような運用を決めておくとよいです。

  • 保守点検報告書のうち、安全に関わる指摘は必ず役員または責任者まで上げる
  • 交換推奨部品は、金額だけでなくリスク区分で管理する
  • 保留する場合は、保守点検業者に代替措置や使用停止の必要性を確認する
  • リニューアル提案では、初期費用だけでなく安全機能の有無を比較する

これは、単に事故を避けるためだけではありません。顧客、従業員、協力会社、テナントに対して、建物を扱う会社としての信頼を守るための経営管理です。

建設会社にとっての示唆:設備更新は「利益を削る費用」ではなく、信用を守る投資

中小建設業では、人手不足、資材高、賃上げ、資金繰りなど、目の前の課題が多くあります。そのなかで、建物設備の更新費用は後回しになりがちです。

それでも今回のような事故調査報告を見ると、設備更新や部品交換は、単なる修繕費ではなく、会社の信用、利用者の安全、事業継続を守る投資だと捉える必要があります。

特に、建設会社は「建物のプロ」と見られます。自社の建物管理が甘ければ、顧客からの信頼にも影響します。逆に、自社の設備管理や更新判断を丁寧に行っている会社は、顧客に対しても説得力のある提案ができます。

今回の報告書は、エレベーターを所有・管理している会社だけでなく、改修工事や建物管理に関わる会社にとっても、安全機能を含めた更新提案の質を高める材料になります。

まずは、自社と顧客先のエレベーターについて、保守点検報告書とリニューアル履歴を確認する。そこから始めるのが現実的です。

自社の建物・設備管理を整理するきっかけに

今回のような事故調査報告は、読むだけで終わらせるにはもったいない情報です。自社で建物を持っている場合は、保守点検報告書、更新履歴、見積保留中の部品、今後の修繕予算を一度並べてみるだけでも、次に打つべき手が見えてきます。

「うちの建物では何を確認すればよいか」「保守会社からの指摘をどう経営判断に上げればよいか」「更新投資をどの順番で考えるべきか」といった段階でも、整理する価値があります。

ネクスゲートでは、建設企業の持続的成長を支援する立場から、現場・採用・組織・原価・デジタル活用に加え、こうした安全管理や設備更新を含む経営課題の整理もお手伝いしています。無理な営業はいたしませんので、まずは自社の状況をどう見ればよいかの壁打ちとしてご相談ください。

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